実りの秋、さまざま
2003年9月24日(水)
23日(火)お彼岸のときは普段とは異なる、道路上の、ポイントが渋滞する。
大きな墓地をめざして、都心から車が集中するからで、青梅街道のどこそこだったり、五日市街道であったりというわけだ。
世田谷街道はそうでもないが、まず都立狛江にむかった。
狛江も都大会に出場、最初は都立小石川、そこをぬけても、次はおそらく、久我山。
高校3年生の何名かが、都大会決定後に、ぬけたりして一目、がっくし、というサッカーのチームである。
強いとは思っていないのだが、強いチームと練習試合を「やる時期」なので、選手にどうテーマをもたせるかに腐心した。
自分の信念ではサッカーの攻撃は「どうやって、最後のスピードをあげるか」そこを整理してやって、それでも「スピードをあげられない選手」は、「サッカーができない」として排除、システムというのは、守るために、どういう「ならび」をするか、ということだろうと思える、というのは攻撃モードになったときに、もしそのコーチが「ポジションチェンジ」に活路を見出すなら、守りのための「ならび」などにこだわったら、何もできない、ただ攻撃がまた守りになるのが、サッカーだから、攻撃→守備に移行していくときに、もどりやすいというようなこと、間に合うというようなことは、見る。
練習試合の相手が、理由はともかく、弱ければ、守りがテストを受けることはないのだから、テストしてみたくて、もちこんだシステムを評価してところで、無意味とはいえる。
この日の狛江がそうで、とにかく可哀想なくらい、守備(リアクション)について、「ああせいこうせい」といわれているが自分の経験では、「そうやって場面ごとに」どう「守るか」といくら言っても、要はサッカー「ボールコントロール、ボールセンス」の勝るほうが、ボールをキープしてしまうので、できるものでもないだろう。
3-1で終わり。
21日予定していたゲームを消化できなかった、月曜日はオフであった、というようなことを考えれば、ウオームアップゲームでよいだろう。
今週の、残りは練習して土曜日にはFC杉並といわば身内同士のマッチだが、それよりかは相手に思いきり、4フラット、徹底オフサイドをかけさせて、それを崩すシミュレーションゲームになる公算であろう。
来週の水曜日10月01日が都民の日で、流通経済大付属柏とやれるから、選手の「感覚」は放っておいても、対国分寺にむかって、トップフイットしてくるだろう。
国分寺をぬければ、暁星で、その暁星が、ランドで「どこのVERDYとやるのかわからないが」とにかく、狛江から、多摩川ぞいを稲城にむかって走り、わき道を通って、グラウンドについた。
暁星のゲームはもう一度、堀越との試合を見られるから、感想をノートに書きながら、このVERDYなんかへただね、本家とちがうのかと思ってみていた。
暁星は徹底したフラット4、だがサイドの#20が戦術的に、「あがれ、あがれ」といわれているのか、フラット3に見える。
どうということもないのだが、VERDYは後半、暁星のフラットに対して、「スピードをあげられない」つまりフラット崩しを「どうやろうか?」ということがない、また、4人のラインというより、中央のストッパーにおちついてボールをまわされ、で、その次にボールはどこへ行くのかと見ていると、ラインの横にさらに、ハーフがひらいてあたかも6人ラインにいるかのような状態から、ボールをキープされ、そのあと、中央にいる残りの4人のだれかに、ロングが渡って、ゴール前混乱、そこで相手に足を振られた。
自分なら、相手のラインに2トップに、もうひとりふやしてプレスをかけるあるいは相手を抑制にいくが、VERDYそれをやらずに、劣勢のところでロングを浴びた。
稲城から、町田の、日大3高まではすぐだねと計算していたが、ランドをでて、良く知っている道をいけばよかったのに、平尾のほうへまわってしまって、結局混雑している、世田谷街道にはいってしまった。
FC杉並は、関東ユースを戦っていると同時に、今年は、結果を問わないが、高校(高体連)とクラブのミックスリーグを消化していて、きょうは日大豊山。
これがお笑いみたいなフラット4。
練習とおりにやらせてずたずたにした。
フラットを崩すには、
1) まず、あがりめが「前をむく」場合
2) ラインのなかのトップが「前をむく」場合、どちらにせよ、そう頻度は多くはない、多くはないが、それを作れたときに「スピードをいかにあげるか」ということを教えて行く
3) その際にラインの中に、いる「やつ」ラインの手前にいる「やつ」に主には、ラインを混乱させる「ラン」のしかたを教える。勝手にいろいろ名前をつけて、やる、例えば、逆オーバーラップ、「波」、オフサイド飛び出し、そして最後に抜けて行くラン、とくにハーフが抜けて行かないで、バックパスをどうしても受けたがる=本能をいかに、そうではない(そうだという場面もあるが)とさせるかだ
4) どちらにせよ、スピードが「あがる」ということがねらいだ。
5) そのためには、余裕がなければしかたがないが、ラインのど真ん中「から」上にあげたことをやるべきで、あまり「サイドからしかけても」結局右左にいける場所でないから、うなくいかない、逆サイドがデッドスペースになるので、真中からだと、ラインの横幅がちじんで、両サイドに驚きのロングを飛ばしやすくなる。
6) 真中に相手(のハーフ)がマスになっているなら、こちらのラインはこちらのトップにロングを送れば良い、まえがかりでくる今の相手のハーフは、ハーフの古典である、前にかかる守備とうしろに戻る守備のうち、前者だけを強調されていて、昔のコーチが大事にした、ハーフが「もどれる」能力、もどろうとする、神経とか、判断を、今はねぐっている。だからこちらが、あまりこちらの、ラインあるいはハーフ同士で、相手のプレスの前でまわしすぎると、調子にのって「まえがかり」を(結束して)やってくる、ところがいったん「うしろにもどるかっこう」をこちらが強いれば、次第に「いっしょになってまえがかりになるという態度にばらつきが見え出す」すなわちロングはいわば「おとり」手ともいえる。そうやっていつでもこちらの深いところからロング出すぞと「見せつけて」おかないと、相手のハーフのプレスが「そろう」
ここまで読んだら、私の言っていることすべて古典だとわかるでしょう。
サッカーは変わった、と言い募るやつがいるだけで、一言で言えば、「相手がうしろをケアしているなら、前だ、前にくるならうしろだ」というものだ。あたりまえだ。
もうひとつ先を左に曲がればいつも走る、小野路とかいう、道で、稲城大橋へ向けて、眠っていても走れるところを、間違えて、右に国士舘が見えるというような道を走って、光陽台からやっと稲城の、高速いりくちに近いところまでやってきた。稲城の梨を買う。
(この項終わり)