「知と熱」とジーコ
2003年11月21日(金)
ドイツワールドカップ予選、スタートまであと3ヶ月なんだそうだ。
19日、対カメルーン戦で0-0。
カメルーンはFIFAランク14位で、28位の日本「負けてもおかしくないし、勝ってもおかしくない」14番差である。
だから結果よりも、内容であるが、この内容、スポーツマスコミによればどちらかといえば否定的(ただわかっていないから否定的なだけだが)先週買って来た「知と熱」をテキストに今のジーコの環境を考える。
テキストのどこかに「これこれのことが書いてある」「だからそのテキストを権威として利して」「それ見たことか」と言いたいわけではない。
自分の基調はかわってはいない。
それを理解しがたいということもよくわかる。
テキストのなかのラガーたちの言い分も、たくさんある意見のひとつだと切り捨てることも可能だろう、ただそうやってなんでもかんでも否定して、いくと、「どこにも、進むべき道がなくなり」現場のわれわれは困るというだけだ。
知と熱の引用部は○と○のあいだである。
○ 一つのチームが、一つの戦法または戦術を考案する場合、必ずそのチームのライバルチームの戦法戦術が前提となる。すなわち当面のどうして打ち破るべきかの思案の末が、相手の長所を避けて、その短所を衝く戦法戦術の造成となるのである。早大の場合、もはや敵は慶応ではなく、明大がその対象であった。○
インターナショナルで、ジャパンは02のワールドカップでは予選免除であった。
だからトルシェは「どこを対象としたのだろうか?」特定の国ではなく、ヨーロッパと南米というように考えていたのだろうか?今でも最後の練習試合でスールシャールに突破されて、トルシェがパニックになったといわれているあのノルウエーだかのゲーム、パニックになったのだとしたら、普通に考えれば「練り上げてきたはずのもの」が「通じない」というように思えば、誰でもパニくる。
修正が「ききそうな」負けならば「不安はあるものの」パニくりはしない。
では、ジーコは、予選に勝たなければならない。
韓国、中国、アラブの国が相手だとしかいいようがない今である。
だが、こういう発想をしているはずなのだが、表向きには、なにが見えているのか、「見えてこないものについて、不満をいうのは正しいのか?」
大西先生は1959年(昭和34年)に東京新聞に寄稿した。
○「体格と体力に劣る日本のプレイヤーが、外人に優るものは耐久力と巧緻性と団結的組織力以外にない」
「外人プレイの模倣から脱却し、こうした日本人の優秀性を最も発揮することができるようなフォーメーション、組織的戦法を具体的に研究し、大胆に実行することが必要である」
「日本のラグビーはいまや国内の優勝争いに終始するか、あるいは国際的に進出するかの岐路に立たされている」○
このころは、ラグビーの代表は代表として、練習し、練り上げるという環境ではなかった。
1964年に大西先生は、全日本のヘッドコーチに就任したわけである。協会は66年末に本格的な日本代表編成を認めたとある。代表のコーチ以前から、「知」の人であった、大西先生は当然理論ということを言う人であった。
しかしその理論というとき、いきなり理屈がどうこうではなく「なぜラグビーなのか、なぜその戦法なのか?」要は根本のところに、ご自身の精神の切っ先をまず届かせて、そののち理論が説かれる、というそういう人でありそうだ。
○ ラグビーこそ、われわれの生活のなかにある。われわれの人生のなかに躍動している。それはなにものにも制約されることなく、また利用もされない。最も自由なスポーツとしてのラグビーでなければならない。○
こういうところは、大西先生の精神の表出である、理論のほうは、説明はしないが有名な「展開・接近・連続、それにのちに奪取」がつけくわわった、それであるが、その体現者といわれる、横井 章氏がこういうことを言う
○ いまどこのチームも外国から持ってきた練習をする。あれはポジションに関係なく、試合中のどんな場面にも反応出きるようにするために組みたてられている。オールラウンドな選手を作ろうとするわけです。でも日本人は、あのやりかたでは、絶対に負けるんや。結局おんなじことなんぼしても、あかへん。あくまで亜流やね○
○ 例えばあらゆる局面で、自由に選手が判断する。それは理想や。国内ではそれだけの資質をもったものが集まれば、時には実現する。過去そういうチームもあったでしょう。しかし日本と外国の関係ではそうはいかない。当時も今も通用しない。どうしても日本人は試合全般を外国の一流選手のようにはイメージできない。だから練習を試合と同じ型に作り、試合のとおりに再現して、反復する。それだけは必ずしておかないと実際の試合に対応できない。○
○ 海外強豪国の選手は幼少から芝を自由にかけまわり、いつしかゲームの構造を深いところで理解できている。しかし、日本のラグビー選手には、できるだけ試合で生じる型でそれを教えたほうがいい○
ゲームの構造を深いところで理解している、というような表現いいですね。
テレビの解説でサッカーのなんたら、とかいうひとたちがこういうことを口にするのを耳にしたことがない。
小笠原博というロックがまたこういっている
○ 結局日本人の最高に強い部分を生かして、相手の弱点を探さんといかんわけやから。からだの大きな外国人の猿真似したって勝てるわけない。大西さんは受けの発想じゃなかった、攻めなんだ○
○ あのひとは、その人間の持っている、いい部分をいかす方法を考えてくれた、小笠原の場合は「球をもったら放すな、いけるところまでいってくれ」だった「球を放すな。それが男や。」と○
○ 大西さんのあと、外国の理論を訳して、すぐ影響される傾向が強くなった。今オールブラックスはこうやってるとかね。あれが、いまのジャパンにも尾を引いている。勉強はいいけれど、なんでそのまま俺らにやらせるんやと。日本人がそのとおりをやって勝てるのかって○
まだまだ、引用できるが、人間は「得意なところで、負ける、躓く」とよく言われる、ジーコの得意とはなにか?
それは住友金属という当時は日本リーグの2部のチームにはいってそれを成功させて今日の、鹿島に育て上げた「ところではないか」住金の日本人を、鹿島という一流までもってこれたのだ、その俺には、日本人のこと「よくわかっている」というところかもしれない。
住金を一流に育て上げたときには、彼はなかば選手であった。
しかも一流のブランドの選手であった、貧弱な高校のコーチでも、直面する問題というのは、2流には、2流の選手しかなかなか集まらない(ということを言い訳にはしないからけっして口外はしないが)このレポートの趣旨を思えば、こういうことを口にしても誤解はされないであろう、だから2流を鍛えて、1流に挑んではいる、挑んで、わけまではもってきている、そうでもしなければ、1.5流、1流が「こないのだから」そこのプロセス、たいへんに困難だ、ジーコと住金、そこのところは、結果うまくいった。
しかしそのプロセスと代表をもって、短時日に予選を勝ち抜く、日本人の、寄せ集めチームを機能させるプロセスというのは、別なことではないのだろうか?
(この項終わり)