クリニック(#7)

2005年2月17日(木) 練習 1530-1700@栄光

選手にも「判断」というグラウンド用語を使い出した。
例)「判断」は良いけれど「パスそのものの正確性かける」あるいは「判断が遅い」とかいうように、 判断の中味(とくに攻撃時)はすでに、教えつつ「ある」多分 サイドでの2対1は、わかりやすい、(それでも1―2度)セオリー無視のサイド攻撃が散見できた(しかたがな いのだが)わかりにくいのは3対2ではなくて3対3になってしまったというような場面だろう、むろんそれは、そ のサイド=セームサイドでこまかなパスで、[行けそうにも思えるし]そうではなくて、「展開」というだけのことだ もっともかんたんな「応用」なのだが、「たいら」あたり、にぶそうな奴なのだが、わからなくなって、私から「判 断遅い」とかいわれてしまう。ただし、だから、もうこいつは「終り」というわけではない。

練習を休んでいると、ついてこられない、方法論をとっている、それは「さとう」を対象にしているわけだ、ここ が指導者にとって耳がいたいのかもしれないが、その場面は、スルーパスを「受けに」「いまご」がむかって 右のスペースに走った。ボールもちは「さとう」である。結果は「さとう」はいまごガ見えない、見なかった、理 由はともかく「いまご」に出さないで、トップをやっている高校3年生のやつが、「愚かしげにも」さがってきてと いう、ところに[大変遅くパスを出して]で、相川さんにとめられた。

当然、先回の土曜日、エリアといおうがゾーンといおうが、どうでもよいが、1、2,3,4と規定して、で、2から ならロングスル―パスを「受けるほうも」[出すほうも][統一として]トライするのだ、というのが、先週土曜日で の、進捗であって、理由のいかんをとわず、そのことが、わかっていない「から」だからそれを知らしめた、と いうことになる、それをしないと、選手がかってにサッカーをやってしまい、いまごは走ったり、走らなかった り、さとうは、ゾーン2にいても、スルーパス出したり、出さなかったり、と要は、だらしがない、サッカーになる のを、そうやって「とめていく」わけだ、そういうことをやってこなかったので、選手が自由の意味をはきちがえ てしまうわけである。

可哀想なきもするが、高校3年生のプレイが、要は、整理されていないで、パスの「判断」が全部はっきりい えば、違うということに、先生たちが気がつくということが大事であろう、高校3年生のトップの「統一性を欠く 動き」あまつさえ、自分が一丁前だという意識で「こうこう動かなくてよいんですか」と相川さんにききにきたわ けだが、それはかまわないが、サッカーにつめないで、高校サッカー生活終えてしまった、というわけだ。

ただあんまり反面教師役を高校3年にさせたら、いやになるだろうから、まーそこは、やめるのだが、サッ カーというのは結局は、誰かがボールをだして(どう出すのが、判断としては良いの?)だれかが受けるのだ が(どこへランすれば判断として良いの?)そこを、統一していかないと成り立たない、わけで、だから事実 そういう意識のない高校三年がはいってくれば、成り立たない、とうことになる。

だが反面、グラウンドが重くても「判断」はドライグラウンド、とかわるわけもないから、コーチは「そこしか」見 ていないわけだ。それで、きょうだって、スキル的には一番、ひどそうな、やつでも、正しくやろうとしている、 そこに希望を見る しかない。

ゾーン3でもゾーン2にちかいほうでは、まだあたりまえだが、トップは裏に行けるわけだから、裏をついても かまわない、だが、もっと、ゾーンの3を進めば、もはやトップの足元使うしかなくて、ではそこに3番目の選手 が「おとし」を受けにはいってこい、という、(ここを学ばないと)どうしても逆パスということが実現しないので、 きょうも、まだ目に見るわけにはいかなかった。

こういうところはサッカー音痴だろう。
普通は、こういうことを教えてやると、よその選手は、みんな喜んで、この変形ワンツーをやろうとする。


(記録:相川)